始めまして  57歳のヴィヴィアンです
このサイトを拝見致しまして、いろいろな方がいらしゃる事を知りました
何かこの病気と闘っている方の少しでも参考になればと思いメールをさせて頂きました。

機械音痴のおばさんですが、今までの経緯を書いて見ました

幼少の頃より中耳炎を繰り返し、当時小学校の頃より耳鼻科には通院していました。
学校の聴力検査ではやや難聴という事はいわれ、町の病院にも通っていたのですが
鼓膜がひっこんでいる、今なら浸出性中耳炎だったのですね。
でも、その頃は今のようにチューブを入れる方法も町の耳鼻科ではなかったのでしょう

多分27歳頃より耳垂れが出ていた気がします。
でも痛くないし、元来なんでも我慢してしますタイプなので
病院にも行かずに過ごしました

その頃外耳炎にかかり半年位町の耳鼻科にかかりました。
良くなる気配が無い時に神尾記念病院を知人から教えてもらい診察を受けました
そこで初めて真珠性中耳炎と診断され、すぐに手術を勧められました
結構進んだ真珠腫で骨まで達していたそうです

手術後は聴力は戻りませんでした
只片方は聞こえるので生活に支障はありませんでしたが、その後5年位置きに初めはビックリしました。
耳から血のようなものが出で来たのです。すぐに神尾記念病院に行きました

そこで、鼓膜切開をして頂き中の血のようなものを抜きました
そうすると、症状は改善されました
10年前ににも同じような症状で鼓膜を切開しました
疲れとかがあると、弱い処に負担がかかると説明を受けました
それから10年後今年の事です

増殖性網膜剥離で某大学病院で手術を受けて治療の最中に又
耳から赤い血のような物が出て来たのです
通院しているところの方が良いかと思い耳鼻科にかかったのですが
真珠腫の再発と言われ、様子を診ながら手術の可能性を言われました

でも、自分としては、先生がお話される説明の仕方とか少し不安に感じ、
手術をしていただいた神尾記念病院に行ったのです。

今は顕微鏡で耳の中を自分でも、見る事が出来ますが
多分再発では無いと言われ、大学病院でも分からない?見解の違い?
10年前も同じ症状で神尾病院ではすぐに鼓膜の切開を
して頂き治った事があったので、すぐに切開しない大学病院に不安を覚えてたのです

今回は切開とともにチューブを挿入しました
再発では無いこと、耳の中を診て同じ写真なのに先生の言われる事が違う事
神尾病院の先生はすぐに分かりました。
切開しましょう。
最初の手術が結構大きな範囲で手術しているので
耳管が狭くなり、通気が悪くなり、内耳の中で炎症が起きたと説明を受けました
同じ耳鼻科の先生でこんなに見解が違うので
ビックリした事、やはり病院を選ぶ事が大事な事だと改めて感じました

24年前の手術の時も全国から、いろいろな治療を受けて治らない
患者さんが大勢いらしゃいました。その方達が聞こえが改善され
喜んで退院された事を思い出しました。

その当時でも小さい子達が浸出性中耳炎で、入院される方もいらしゃいまして
自分も当時適切な治療をして頂いたら、こんなに悪くは無かったのかも知れません
24年という歳月の中で聴力は改善されませんが、脳まで及ばなかった事を
感謝しています。

多くの皆様が闘病生活をしていらしゃるご様子を見させて頂き
本当に病院を選ぶ大切さを、つくづく感じておりまして
メールを送らせていただきました。
現在、片方の目は失明は無いが、視野が真中しか見えません
その入院時にお知りあいになった方達とも意見交換しているのですが
なかなか、眼の病気それも視野障害の情報が少なく
みなさん不安な毎日を送っています

そんな中こちらのサイトも見つけ視野障害にも、こんな意見交換の
場所があったら良いのにとつくづく思いました
世の中にはもっと大変病気で苦しんでいらしゃる方も大勢いると思いますが
見る事、聞く事の障害が出るという事もとても大事だと思います
それを、我慢しながら生活する事の大変さを重要視してくれる
世の中になって欲しいと思いメールを送らせていただきました
どうぞ皆様も頑張って、病気に打ち勝って下さい
又、時々は訪問させて頂きます

ヴィヴィアン