七虹が年少さんの時、中耳炎になり、切開をしたり、チューブを入れたりして
かみで
耳鼻咽喉科クリニックへ通院していました。

先生に最初から
『気になる物が鼓膜の奥にある』
って言われていました。
その後も観察が続いていましたが、小学校へ入った頃には、
気になる物は、
鼓膜を通して見えなくなりました。

風邪をあまりひかなくなったり、内科に通って耳鼻科とオサラバできると思っていたら...
小学校3年の聴力検査で、右耳だけひっかかり、その後の耳鼻科検診で、

『病院へ行きなさいって !』

と、保健室からの耳鼻科検診の結果のおたよりを持って帰ってきました。
急いで予約して耳鼻科へ行きました。検査をしてみると・・・・・
気になる物が復活していたのです !! 先生が、

『真珠腫だなー』

うんっ ?何処かで聞いたことがあるぞー・・・・・

なんだっけかなー。先生はすぐに『CT撮ってもらって ! 中央病院か脳研 !』
ということで、6月のお祭り開けの月曜日に、中央病院の耳鼻科へ紹介状を持っていきました。
3時間待って診察。CTの予約を取り、その後2回通いました。

8月15日に慈恵医大病院へ。かみで先生にお願いして、一緒にいてもらいました。
当日にCTを撮り、9月には、真珠腫の手術の予約をしました。
12月の18日に決定。術前検査と麻酔科の診察を受け、12月17日入院しました。

 
手術当日、緑色の薬とブドウ糖の入った水を飲むように言われましたが、

『まずい ! !』

と言って吐いてしましいました。8時半に病室を出て1時すぎに森山先生が病室に来て
無事に終って説明をしてくれました。

真珠腫はとても広がっていて、顔面神経ぎりぎりの所まできていて、とても大変だったそうです。
1年後、真珠腫が残っていないか実際に見て耳小骨を再生することになりました。

朝自宅を出てきた父親は、術後の娘を見て心配で心配で、
夕方自宅へ帰ったのですが、翌日も病院へ来ました。

術後は、枕をしたいとか、酸素マスクが邪魔だとか、
一回痛いと言って座薬をしてもらいましたが、
うとうとしていて夜もぐっすり寝ました。

次の日には、もう点滴の棒を持って歩いていました。

24日は、クリスマスイブということで、
父親と七虹の姉が、わざわざ富士からケーキを持ってきました。
四日市のお姉さん(真珠腫の手術で入院していた)と知り合いになり、
5人でクリスマス会をしました。
お姉さんが退院するまで、いろいろ遊んでもらいました。

耳は、3日目にはカバーを外し、包帯だけになり、
4日目には、傷口にさしてあったドレンを抜き、
一週間すると抜糸してバンソコだけなり、10日目に耳の中のタンポンを取り、
翌日28日に退院になりました。

 術後5回目の外来(夏休み中)で、2回目の手術の予定をたてました。
10月に外来へ行き、1月8日の手術の予約と、術前検査の予約をしました。
12月9日に術前検査、26日に麻酔科診察を受けました。
冬休み中は、風邪をひいたら手術が出来なくなるので、家の中でじーっとしていました。

1月6日は3学期の始業式に出て、次の日7日入院しました。
手術当日の朝、緑色の薬 ! ゲーゲーして飲めないと言ったら、
看護婦さんが注射の容器に入れて、口の中へ流しこんでくれました。

8時半に病室を出て、11時半頃終ったと、
12時すぎに森山先生が説明に上がってきてくれました。

真珠腫が再発していたので、取って人工の耳小骨を入れたそうです。
術後は、耳が痛い、咽喉が痛いと言うので、 座薬を2回しました。
夜になると酸素マスクが取れたので、朝まで寝ていました。
流動食が出ましたが、
『まずい !』 と言ってあまり食べませんでした。
耳と咽喉が痛み、熱も少しあったので、氷枕をしてもらいました。

1回目と違って、2日目はトイレに起きただけで、ベットに横になっていました。
3日目は痛みがひいて、うろうろするようになり、運命の日がやってきました。
金ちゃんが、入院してきました。さっそく夜ロビーで話をするようになり、
明日手術をすることを聞き、手紙を書いていたようです。

翌日は、金ちゃんの様子が気になり
病室をウロウロしていたら、婦長さんにからかわれた様です。

5日目にやっとドレンが取れて包帯も少しになりました。
6日目で抜糸をして、8日目タンポンを抜いて、17日に退院になりました。
1回目より1日早く退院することができました。

そして同級生の金ちゃんとは、とても仲よく遊ぶことができて、母は大変助かりました。
入院するとわがままなお姫さまになっちゃうんです。